「残像に口紅を」

「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。愛するものを失うことは、とても哀しい…。言語が消滅するなかで、執筆し、飲食し、講演し、交情する小説家を描き、その後の著者自身の断筆状況を予感させる、究極の実験的長篇小説。

上記の売り文句に惹かれ、読んでみました。期待通りかなり面白かった。なにしろ五十音が一章につき一音ずつ消えていき、それに伴ってその音を含む単語+その言葉によって意味されるモノ(イメージ)までも消えてしまうというとんでもない話。もはや筒井康隆の独壇場です。雰囲気としては、映画「エターナル・サンシャイン」の脳内世界に近いかも。ついさっきまで存在していたものがばたばたっと消失していくドタバタ具合と恐怖、既に失われてしまったものを思い出そうとするときの切ない感傷、手持ちの駒が少なくなり、世界が静かに崩壊へと向かう追い詰められ感、どれも一級品です。読み終わってみると、読者を開きさせないよう実に巧く調節しながら物語を構成してあったことに気づいて納得。言葉消失のタイミング、エピソードの配分、まさにちょうど良い出来です。個人的には第二部後半の、かなり音が減った状態での半自叙伝?的な展開→世界の終末、の部分が抜群に良かった。この寂寞感がたまらなく好き。あと、それまでは音が減っていても結構余裕な感じで話が進んでいたが、ここまでくると本当に語彙をひねり出しているという感じで、作者の苦労がわかってこちらも「うまいことやるもんだなあ」と感心できる。このへんになるとシンプルな文章が多くなるので、一部星新一的な文体になっていたりして愉しい(かと思うといきなり耳慣れない言い回しがさらりと挿入されたりするんだけど)。
不満だったのは第三部かな。もう使える音が限られててどうしようもなくなったのはいいとして、どたばたに開き直りすぎ。できるだけ最後まで切ない路線で押してほしかったなあ。頑張っているのはわかるんだけど、なんだか短編のオチみたいな軽さが出ちゃって…。ストーリー的にも終末にふさわしい展開の仕方をしておいたほうが「残り何音」ってなった時に名残惜しさと喪失感を醸し出せたんじゃないだろうか(それだと村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」後半になっちゃうか)。
しかし、アルファベットじゃムリだなあ、これ。あっという間に終わっちゃうもん。あ、でも、それはそれでドタバタ度が強くなって別の面白さが出てくるかな?

残像に口紅を (中公文庫)

残像に口紅を (中公文庫)