「ビヨンドtheシー 夢見るように歌えば」

 変な邦題はさておき、こいつはなかなかのケッサクです。ケヴィン・スペイシーは俳優引退しても歌手として食って行けるんじゃないかってぐらい歌が上手い。特にラスト3曲は情感たっぷりの素晴らしさ。おまけにダンスも悪くない。予想外でびっくりしたのが、スペイシーの踊り方がジーン・ケリーに似ていると言うこと。黒髪やちょっと太目の体型による印象のせいかもしれないが、胡散臭いほど爽やかな笑顔で自信満々にポーズを決めてみせる、そのちょっとした仕草がとても良く似ている。もちろんダンスが本業のジーン・ケリーにはかなうべくも無いが、年齢のことを考えてもスペイシーの頑張りは特筆モノだ。
 この作品が公開された時は「Ray」や「五線譜のラブレター」、「ライフ・イズ・コメディ ! ピーター・セラーズの愛し方」と、伝記モノ(特に音楽がらみ)の作品がハチあわせしまくっていたのだが、その中でこの「ビヨンドtheシー」が特殊なのは1940〜50年代=ミュージカル黄金期のドラマツルギーにのっとって、その時代の作品群にオマージュを捧げているところ。前半はとんとん拍子のサクセスストーリーでレビューシーンを存分に見せ、途中で挫折などの試練を経、ラストに大きなナンバーを持ってくるなんていうのはミュージカル映画の王道中の王道だ。エンターテイナー伝という素材を活かし劇中劇の形でショー場面を見せるのもポピュラーな手法。こんな王道ミュージカルを「ザッツ・エンターテインメント!」の中ではなく、現代にリアルタイムで見られるというだけでミュージカルファンとしては嬉しくなってしまった。「シカゴ」や「ムーラン・ルージュ」は面白かったけどどうにも邪道な感じが否めなかっただけに、欲求不満が解消された気分。
 さらに良かったのが、「挫折」の部分が良く出来ていたこと。往年の名作はミュージカルシーンは素晴らしいのだがこの「挫折」の部分がどうにも良くなかいことが多かった。こちらはミュージカルスターが楽しそうに歌って踊る至芸を見たくて作品を見ているわけだから、苦悩する姿にはまだるっこしさを感じてしまうのだ。例えばジュディ・ガーランドの「スタア誕生」では、前半の数々のナンバーでジュディのエンターテイナー魂に涙が出るほど感動したものだが、後半の私生活が上手くいかなくなる部分ではどんより気分になってしまった。それがこの作品ではこれまで演じた役柄が殺伐としているスペイシーだけに(笑)、苦悩の演技自体も見応えのあるものに仕上がっている。芸の質やボリュームではやはりミュージカル全盛期の作品に敵わない分、こういうドラマ部分でしっかり良い仕事をしているおかげで、過去の作品に見劣りしない出来になった。
 ただ難をいえば、ミュージカルを見るとカユくなってしまう現代の観客に配慮しすぎた嫌いがある。ボビー・ダーリン自身が自伝映画を撮っているという設定にして見たり、子供時代のボビー自身と対話させてみたりと、ヒネリを効かせた分が無駄に言い訳がましい。個人的には、ミュージカルが常識で考えてハズカシイのは十分承知、そこを開き直って芸を見せてくれるのが醍醐味という気がしていたので、そんな配慮は無用の長物である。「ボビーを演じるには年をとりすぎている」という自分へのエクスキューズ的な言い訳だって、昔は「おまえらどう見ても高校生じゃないだろっ!」というような顔ぶれが強引に高校生に扮していたのが普通だったのだから気にすることも無いはず。もっと開き直ってハジけてくれれば大傑作になったかもしれないのに、と思うとなんだか惜しい出来であった。