「晩菊」(1954年、日)

 成瀬巳喜男監督作は「めし」(←なかなか凄い題名)だけ見たことがある。これは上原謙原節子という作り物みたいに綺麗な顔をした二人が夫婦役で、なかなか面白い作品だった。大阪の食い倒れ人形がバックに写っているシーンがあって、こんな昔からあったのかと驚いたものだ。今日の昼にBSで放映していたこの「晩菊」は時間が合わずやむなく途中から見始めたのだが、それでも興味深く見ることが出来た。もう一度ちゃんと全部みたいからまた放送してくれないかな、NHK
 最近の若い人は古い映画に対して拒否反応をもっている人が多くて、こんなに面白いものを食わず嫌いだなんてつくづくもったいないなあと思っているのだけれど、その原因の一つには「知っている俳優がいない」ということにあるのではないだろうか。その点私はかなり幸運だった。私の母はやたらに昔の俳優に詳しいのである。「上原謙加山雄三のお父さんだよ」とか「沢村貞子加東大介の姉で、長門裕之津川雅彦の叔母さん(←なぜ全員苗字が違う…)」とか、そういう現在大御所になっている人たちとの血縁関係を鑑賞中リアルタイムで解説してくれるわけだから、「そういえば似てるなあ」なんて感心しながら面白く見ることが出来るわけだ。馴染みのない俳優ばかりでも、そういう形で現代との接点を見出すことができると物語にも入りやすいのである。


 さて、作品自体に対する感想はと言えば、相変わらずやってくれましたよ杉村春子姐さん!「東京物語」を見たときにも巧すぎて(親族が誰かとかに頼らずとも)いっぺんに顔を覚えられたのだけれど、本作でもニクイほどの達者さを見せてくれました。かつての恋人に久々に会えるということでいそいそとおめかしをする元芸者の金貸しという一筋縄ではいかないキャラクターにもの凄い説得力を与えています。さばさばした東京弁も素敵。あと、望月優子のモンロー・ウォークが無駄に上手で笑えた。
 ストーリー自体は、いろいろなことがあった末に開き直る女たちの話。彼女たちは様々なものを少しずつ失っていくのだけれど、それがあまりに現実にありそうな話ばかりなので、格別大きな絶望がもたらされるわけではないし、また彼女たちも相当にしたたかなので、ちょっとした滑稽味が生まれる、という具合。杉村春子上原謙の写真を燃やし、上原はそれが自分の写真であることに気づかないというシーンは、苦い泣き笑いという心情を洗練された語り口で表現した名シーンでしょう。
 ちょっと前までならこういうジャンルのものを見てしみじみすることはなかったかもしれない。けれど、就活が始まって今までの人生を振り返る自己分析をし、将来のことを真剣に考えるようになったら、この映画に登場する女たちの人生やものの考え方が他人事とは思えなくなってきてしまった。嬉しいような切ないような…。