「ミュンヘン」

久々にゾクゾクするような作品を見た。ここ最近のスピルバーグ作品の中では群を抜く出来だと思う。映画館で見なかったのが悔やまれる。
原作既読の状態で見たが、これは失敗だったなあ。政治的背景なんかは事前知識があったおかげでつっかからず物語にすんなり入り込めたけど、そこらへんは絶妙の手綱さばきで情報が過不足無く観客に提示されるため、知らない状態でも全然問題なかった様子。風格たっぷりの演出で必要な情報を租借しやすいように提示し、見せ場ではググッと引き込むスピルバーグの手腕はまさに名人芸。やっぱそのへんの監督とは格が違う(「ジャッカルの日」のフレッド・ジンネマン演出にも通じる巧み(匠)さです)。逆に展開を知っているせいでサスペンスを堪能しきれなかった部分が2,3箇所あった。これは悔しい。原作も映画も見ていなくてどっちを先にしようかなあと迷っている人には、映画→原作の順に見ることを強くおすすめします。
ちなみに映画だけ見て原作を読んでいない人にも、原作を読むことを推奨。文字情報ならではの豊かな情報と迫力のディテールを味わえるし、映画がいかに巧く脚色をしているかもわかって楽しめます。あと、文字だけだとキャラが掴みづらかった暗殺チームのメンバーも映画のイメージを当てはめて読み進めることができるので、読みやすさも倍増です。
個人的には、露骨なヒューマニズムとか臆面も無く繰り出す妙なメルヘンテイストといった余分な要素が排除され、70年代のギラギラしたスピルバーグが帰ってきたー!ってだけで万々歳。この人は”戦う男”を描かせたらピカイチですな。それもどっちかっていうと地味目な男の方がかっこよさが際立ちます(スピルバーグ作品によく出るトム×2は、ネームバリューは抜群だけどストライクゾーン外なんだよね)。「ジョーズ」の3人組が大好きな身としては、地味で渋カッコイイ今回のキャストはドンピシャでした。エリック・バナは良い表情してたし、飄々としたマチュー・カソヴィッツもなかなか。オッサン二人も良い味出してました。それになにしろダニエル・クレイグがクールでかっこいい。「カジノ・ロワイヤル」、期待大です。
欲を言えば、ラストのアヴナーに対するイスラエル本国の仕打ちはしっかり描いてほしかったかな。まあスピルバーグ自身ユダヤ人だし、中立的立場でいることに気を使った映画なので、あれをそのままやっちゃうとイスラエルが完全に悪者になる危険もあったからだろうけど。でもラストの強烈なパンチで無常観を一層強調してほしかったなあ。なによりジェフリー・ラッシュのエフライムのすんごい嫌な奴っぷりを見たかったんだけど(笑)。


(以下、テーマ的なものについて考えてことを書き散らしてみましたが、慣れてないのであんまりまとまらなかったかも。ネタバレあります)
原作を読んだ上で映画を見てまず思ったのは、スピルバーグが殺しのシーンをあからさまに”滑稽に”描こうとしているということだ。
まず主人公の暗殺チーム。原作では主人公たちのプロフェッショナルとしてのかっこよさが存分に描かれていて、不謹慎にも最高級のスパイ映画を見ているようなワクワク感を覚えたのだが、この映画ではあえてクールにターゲットを抹殺していくかっこよさを殺ぎ、やたらと不手際を強調している。なにしろアヴナーらは銃を撃つ時必ずもたついているのだ(それでも主人公たちが単なるマヌケに見えず最低限のかっこよさを保っているのは流石だが)。彼らがサスペンス映画の暗殺者にあるまじきモタモタぶりで銃を撃つ場面は二回繰り返されることで強調される。最初の標的ワエル・ズワイテルと、オランダの美人殺し屋の暗殺である。そして女殺し屋が死んだ時ハンスが一度かけられた覆いをむしりとったシーンと、ベイルートへの突入作戦で倒れたドアの下にいたパレスチナゲリラが射殺された後再びドアをかぶせられるシーンとは、”覆い”を挟んで妙な形で対をなしている。更に言うなら、この突入作戦では濃い顔の部隊員が女装で銃乱射という、笑っていいのかなんなのか良くわからない状況が展開される。
これらのどれにも共通するのはブラック成分過多のユーモアだ。殺すことと殺されること、どちらにも空しい滑稽さが溢れている。この滑稽さは、死の空しさを強調するためのものだ。これは明らかに監督スピルバーグのメッセージである。

これと対照的なのが家庭(=home=祖国、でもある)の平和な暖かさである。それは主に無垢な子供と美味しそうな食事という要素に象徴されている。暗殺チームが最初に顔をそろえた時の食事風景、”パパ”の邸、そしてアヴナーの妻子。全てがある意味での家庭である。どれもやわらかく暖かい色調で統一され、homeこそが人の本来いるべきところであることを強調する。ご飯も旨そうだった(あと、アヴナーが電話口で初めて娘の声を聞いて思わず泣くシーンはすんごいぐっと来た。全体的になんていうか、露骨にオデュッセイアかつ「オズの魔法使」です)。当たり前だが、原作ではこんな安らぎの場的”色調”は表現できない。これもまた映画ならではの演出で表現した、スピルバーグのメッセージである。

この二つのメッセージは映画の中で交互に登場し、何度も繰り返される。
「殺し、殺されることの何と空しいことか」「帰るべきhomeはいいぞ〜」
めちゃめちゃシンプルな主張だけど、それゆえに凄まじい説得力。

でも、その主張をかなえるための方法を見出せない現実のもどかしさもしっかり描かれているのがミソ。この映画、イスラエルパレスチナ、どちらか一方が悪者になってしまわないよう神経ピリピリの配慮がなされている(それが映画の緊張感にうまくつながっていると思う。っていうかここまで気を使ってるスピルバーグってのもかなり貴重。この人、ドイツ軍には容赦ないからなあ)。ルイが手配してくれた隠れ家でPLOのゲリラと鉢合わせした場面では、アヴナーとアリの対話で双方の主張が語られ、結局水掛け論に終わるし、ラストのイフライムとの物別れも同様だ。祖国=homeのためには戦い続けるしかない。しかし、戦いは空しいだけだ。個人に出来ることは食事=家庭=homeへの回帰を祈るだけなのだ。そんな矛盾ともどかしさがなんともいえないラストシーンだった。

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