「クラッシュ」

凄く構成が緻密な映画。いろいろな登場人物や事件が絡み合う群像劇ってことで、まだ見ていないけど「THE有頂天ホテル」はこういう感じなのかもと思ったりした。ただ、良く出来てはいるけど、テーマの重さの割りに映画としてのパンチ力に欠けているみたい。後味も決して良いとはいえない感じだった。この作品はアカデミー作品賞を受賞したけれど、映画としての純粋なパワー、見応えは圧倒的に「ミュンヘン」の方が上回っていると思う。とりあえず、「ブロークバック・マウンテン」に期待。

まず、序盤は見ているのが本当につらい。なぜかというと、差別する方もされる方も異常なまでに差別を意識しすぎていて、登場人物の誰にも感情移入できないのだ。みんなひねくれていて、負の感情しかない。特にブレンダン・フレイザーサンドラ・ブロックの夫婦は(この二人が夫婦って言うのもありえないとは思うんですが)、他の映画で良い人のイメージがあっただけに、軽く嫌な奴だとかえって凄くリアリティのあるヤな人に見える。キャラクターとして頭にきたのはペルシャ人のおやじさん。「なんてわからんちんな奴なんだ!」と見ている間怒り心頭でした。ただ、数多い登場人物もみんなキャラは立っているし、場面転換がやたら多いのに見るのが面倒になるほど複雑なわけではないという絶妙な話の進み方なので、「イヤな話だなあ」と思いながらも目を話せないという感じ。このあたりの興味のつなぎ方は本当に巧いです。
また、途中からは序盤にさりげなく張られていた伏線の数々が予想外のところで回収されていく怒涛の展開なので、これも絶対に退屈しない。脚本と編集が鬼。凄く計算されている。序盤のイヤ〜な感じのままで最後まで行ったら最悪だなとか思いながら見ていたんだけど、要所要所でイベントを用意した上に「ちょっと良い話」的な落しどころを付けてあるので一応見るのが苦痛ではなくなる。特にサンディ・ニュートンとマット・ディロンのエピソードは、そこから話が前向きな方向に切り替わる転換点としての役割をきっちり果たしていて秀逸でした。あと、鍵の修理屋さんと娘のエピソードもグッド。ドキドキしました。ただ、あの後娘には「透明マント」はウソだってことをちゃんと言っておかないとダメでしょ。どこにでも無鉄砲に飛び出してっちゃうから命がいくつあっても足りません。危なくてしょうがない。

構成はきっちりしているけど、その分、エピソードが分散される弊害で全体的な印象が小粒になったのも事実。物語としてのダイナミックなうねりが無く、単発的に事件が起こってはそのつど解決される形なので、ラストに向けて劇的に盛り上がってカタルシスに達するということも無い。正直面白みが薄く、物足りない(こういう深刻なテーマに面白みを求めるというのも不謹慎かもしれないけれど、深刻で正面きって目を向けるのが嫌な題材だからこそ、娯楽性は大事なんだと逆に思う。そうでないと単なる道徳の教科書になってしまうから)。ラストのオチも興ざめだったな。ああいう循環系というか、「こうして歴史は繰り返され、物語は続いていく」みたいな締めって例えば「イヴの総て」とかと同じようなモノでしょ。洒落てはいるけど、ちょっと使い古された感じも否めない。特に構成の妙やテーマなんかで現代性をアピールしていただけに、この古めかしいオチだとそこだけ取ってつけたみたいでわざとらしく感じられた。しかもラストに雪を降らせることでなんとなく爽やかに締めるって、つい昨日見たばっかりのような気がするんですが…(笑)。全体のリアリティとしてみても、前半の悪意に対する後半の善意が弱すぎるので説得力は不足していると思う。

っていうか、昔のアメリカ映画が好きな身としては、アメリカって嫌な国になっちゃったな〜という妙な感慨が(苦笑)。この映画見たら、アメリカ=交通事故と人種差別の国、としか思えませんがな。つい先日BSでドラマ「奥様は魔女」(小粋でお茶目なユーモア・余裕。娯楽かくあるべしという見本のような名作だと思った)を見て憧れの象徴としてのアメリカを堪能した直後だけに、その荒みっぷりが痛々しい。多民族国家ってやっぱり長くやっていくうちにムリが出てくるんだろうかと絶望的な気分になった。

なんていうか、見終わった後にモヤモヤしない正統派の名作を見てスッキリしたい気分。差別ネタだったら「夜の大捜査線」とかがいいかな。あとは単純に心にズシリとくる名作として「クレイマー、クレイマー」とか「アパートの鍵貸します」なんかが見たい。癒されたい…。そんな気分になる映画です。

余談ですが、構成の複雑さ+慣れないテーマ、それに共感できない人物像という要素が揃ったためか、なんか脳ミソの普段使わない部分が刺激された感じ。変なアドレナリンが分泌されたのか、しばらく目がギンギンに冴えて眠れませんでした(笑)。

クラッシュ [DVD]

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あ、あとこちらの感想がなるほどなあと思ったのでトラックバックさせていただきます。
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